デジタルの可能性 紙への執着

――立沢さんはウェブコミックの『ベンジー』で、デジタルで描く手法に挑戦してらっしゃいますが、その難しさや面白さは?

立沢
デジタルでどこまで描けるかを試してみたかったんですよ。
それと、師匠がまだやっていない事にトライしたい気持ちもあって。
なかなか奥深くて、もっとできるという可能性を感じています。

――手描き=アナログと対比すると、どんな感じなんですか?

立沢
アナログは予測できない線になったり、一発勝負の部分がある。
それがデジタルではできないだろうと思っていたんですけど、案外予測できないような線も引けたりすることがわかって、最近ハマりつつあります。
一発勝負じゃないところが一番違う気がしますね。何度でもやり直せちゃう分、余計に時間が掛かっちゃう。

――井上さんも『ブザービーター』はウェブコミックでしたよね?

井上
まだあの頃はアナログで描いたものをスキャンしてたんで、作業自体はアナログなんですよ。

――手描きにこだわる部分が…

井上
こだわるっていうか、それしか知らないから(笑)。
読む人の環境がデジタルであればデジタルがいいなとは思いますけど。

一同 えーーーっ!?

井上
作品によっては向き不向きがあるような気がするんで。
『バガボンド』みたいなのはデジタルだとダメだなと思うし。でも、作品を見る環境が時代と共に変わってくるし、デジタルで描いたものはデジタルで見てほしい気がするんですよね。
逆にデジタルでしか見ない…そういう時代がもし来たとしたら、デジタルで描いたほうがいいよなって気がします。なるべく描いたように見てほしいじゃないですか。
そこに齟齬(そご)があったらよくないなと思うから。
全くするつもりはないってことではないんですけど。
でもたぶん…俺は紙と共に死ぬ。



立沢
カッコイイっすね! いや、ヤバイっす!(笑)
井上
隠れて懸命に、デジタルの練習してたりして(笑)。

――その点『ベンジー』はデジタルで描いて、しかも最初に世に出るのがデジタル、webでという新しいスタイルですね。

立沢
できたものに関して言えば、だんだん良くなってきてる気がしてますし、さらにデジタルを追究したいと思っています。もしかしたら、紙に戻れなくなるかもしれないですよ、コレ。
すごく便利なところがいっぱいあるから。
井上
例えば?(笑)
立沢
描いたあとで、構図をもっと動かしたいなーっていうのが簡単にできるわけですよ。
井上
回したりもできるワケでしょ?
立沢
できます!そういうのが一番いいです。
井上
もうちょっとスペースがあれば、足が入るんだけどなっていうのができるんだ…。
(ボソっと)いいな…(笑)。

――デジタルの可能性を探究している『ベンジー』ですが、
物語は自然豊かで人間味あふれる世界観。
その舞台となっているのが、 ノースサファリサッポロという動物園ですよね。

立沢
何度も取材に行っていますが、動物たちがすごく近くて、簡単に触れるし、飛んでくる。
普通の動物園では味わえない感覚で、本当に面白いところなんですよ。
また、そこで仕事してる飼育員さんたちが颯爽としていてカッコイイし、園長はユニークだし。
こういうのはマンガに描けるかもと思ったんですよね。



――取材を通して肌で感じるモノを大切にしていらっしゃるんですね。

立沢
そうですね。最近そういうやり方をさせていただく機会が増えてきて、挑戦していますけど、面白いですよね。
ただ難しい部分もあって、やり方を探っている感じですね。
もっと取材をしたい半面で、し過ぎると作品にするのに大胆になれなくなるし…みたいな。
そのへんが難しいなって。師匠はどうされているんですか?
井上
僕は人見知りなので、取材対象とは距離を置くタイプ。

――『リアル』の現場ともいえる車イスバスケの大会にもよく出向かれたり。

井上
観戦したり取材をしても、あまり入り込み過ぎないようには気をつけてますね。
やっぱりある一定の距離を置いておかないと。
作るものはマンガですから、マンガの面白さっていうものと現実の取材対象っていうのはイコールではないですからね。マンガのために来てるんだってことを忘れないようにしてます。

――その意識を持ちつつ、現場だからこそわかることを拾い上げるんですね。

井上
もちろん。現場に行かないと『リアル』のような作品は描けないですよね。プロレスとかもね。
立沢
超ハマったって聞きましたけど(笑)。
井上
いや、距離は置いてるけどね(笑)。

――鈴木軍には入団していらっしゃいますよね(笑)。ヤングジャンプに掲載されていたのを見ましたよ。

井上
所属がね(笑)。

井上雄彦が語る
『ベンジー』と「立沢克美」の魅力


――『ベンジー』には、魅力的な動物がたくさん登場しますね。もともと動物はお好きだったんですか?

立沢
僕は好きでも嫌いでもない感じで、苦手でもないですね。

――井上さんはお好きですよね。Twitter(@inouetake)にもちょくちょくネコの写真がアップされて…。

井上
そうですね、ネコ飼ってますから。ネコぐらいしかツイートすることないんですよ。
子どものころから通学途中の家で飼ってる犬とか、門の下から手を入れて舐めさせたりする子どもだったんですよ。もともと、目線が動物とあんまり変わらないのかもしれない。
ペットショップで「井上さんの家にいいと思うの」と言いながら子猫を渡されて…もう抱っこしたら終わり。
抱っこしたら、よしよしよしってなって、「家くるか…」みたいな(笑)。

――手離せなくなってしまうんですね(笑)。
そういえば『ベンジー』の主人公は鳥が苦手だし、動物全般がダメなキャラクターも登場しますよね。

立沢
苦手なおじさんが近くにいたんですよ。その人の反応があまりにも面白かったんで、キャラにしたんですけど。
井上
舞浜ヒカルさんだ!
立沢
すっごく面白い反応なんですよ(笑)。
井上
苦手と言えば、動物を描くのは苦手じゃなかったっけ?
立沢
苦手です。馬って難しくないですか…。
井上
だいぶうまくなったよ(笑)。

――井上さんが『ベンジー』にあえて3つのアドバイスをするとしたら?
最後の1つはハマってるプロレスからオカダカズチカのキメ台詞「特にありません」もアリです。



井上
そういうことね(笑)。
「ひとーつ」
飼育員のキャラクターが立っていて、その一人ひとりに負けない主人公の面白さ、深さが出てきている。
漫画は主人公だからね。
「加瀬タカトシ」をもっともっと魅力的で、みんなが愛したくなるようなキャラクターに育てていってほしいな。
「ふたーつ」
舞浜ヒカルはカギを握るキャラだと思います。
どんどん書き込んでいってほしいと思いますね。
「みーっつ」
特にありません(笑)。
立沢
ありがとうございます。それ、プロレスネタなんですか(笑)。

――そして最後に「師匠・井上雄彦」から、「弟子・立沢克美」へのエールをお願いします。

井上
漫画家は若さに任せて世に出て、その勢いで大きくなるケースがほとんどなんですよね。
タツの場合は長くウチにいて、年齢を重ねてからの連載というレアケース。
今の漫画はさまざまな年代やいろんな国の人が読むので、若いうちに勢いでデビュー…というタイプとは違う良さを発揮してくれると思っています。
人生経験や漫画の経験もそう。経験値を持ってるからこその何かを、表現できると思って期待してますね。
でも絵は、相変わらず勢いがあるよね。
立沢
ウッス! 頑張ります! あと、師匠に質問があるんですが、師匠自身が気に入っている絵はどれですか?
井上
特にありません(笑)。

――コミックスのカバーカットとかでは?

井上
最近の表紙で武蔵が田んぼに立ってる…36巻かな。白っぽい絵のやつ。
立沢
あ!あの絵ですか!? たしかに、カッコイイ!
これまでにも聞いてみたかったんですが、なかなか聞くチャンスがなくて(笑)。
今日はありがとうございました。
井上
こちらこそ。頑張ってね。またメシでも行こう。



撮影/尾形正茂
構成/市川光治(光スタジオ)
取材・文/名古桂士(X−1)、齋藤貴子
協力/アイティープランニング
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